【懐かしの時代】ファミコンが初めて家に来たあの日【マリオとの出会い】

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ファミコンが来たあの日

僕の人生を振り返れば、それはゲームと過ごした人生であったと言っても過言ではないと思います。

今では鬼嫁のせいでPS5もスイッチも買えず(スイッチは持ってたのですが色々あって妻にぶち壊されました)、わずかな楽しみはスマホゲームのみ。

ダウンロードでサクサク変えちゃう恐ろしい世の中ですが、ファミコンからゲーム人生をスタートさせた30代半ばの僕にとって、それはもうとんでもない進化であると思うのです。

なかなか実感が湧きませんが、今新たに生まれてくる子供たちはダウンロードでゲームが買えちゃうのが普通なわけですよね?

凄い事です本当に。

――このブログでは、最低限の事を色々と書いてきているのですが、今までゲームの事は書けずにいました。

間違いなく一番好きなモノなのに。

理由は、最新のゲーム機を持っておらず新しいゲームについての知識がほぼ無いからです。

しかしふと思いました。

僕がしこたま遊んできた過去のゲーム達の事を、ダウンロード世代の人達にも知っておいて欲しいな、と。

伝えたところで何がどうなるわけでもないでしょう。

それでも、ゲームが今以上にゲームしていたあの時代の事を書くことはもしかしたら何かしらの意味があるかもな、と思ったのです。

というわけで、少しずつですが最低限お伝えしておきたい、僕が遊んできた「古き良き時代のゲームの話」を書いていきたいと思います。

まず今回は、僕の人生が大きく左右された運命の日、「ファミコンが初めて家に来た日」のお話。

家に帰ったら母ちゃんがマリオやってた

あれは僕が小学校低学年の頃だったと思います。

当時の僕の周りにはテレビゲームをやっているような友人はほとんどおらず、また興味もそこまでありませんでした。

今では本当に考えられませんが、少なくともファミコンが来るまでの僕の人生にはゲームなんていうものは存在しないも同然だったのです。

特にそれで困る事もありませんでしたし、遊びと言えば近くの神社の敷地内を駆け回ったり、公園の池でザリガニを獲ったり、それはもう健全なハナタレクソガキしていたのです。

夕方近くになって、遊び疲れて帰宅した僕は普段と違う母ちゃんの様子に驚きます。

テレビに向かい、何かを握りしめてじっとしているのです。

「どうしたの母ちゃん?」

僕が聞いても何も答えず、ただテレビと向き合っています。

テレビに視線をやると、そこには見慣れぬ妙な画面が映っていました。

【スタートからクリアまで】 攻略 スーパーマリオブラザーズ 初代 ミニファミコン "Start to Ending" SUPER MARIO BROS. mini Famicom

それが、任天堂が1985年に発売した『スーパーマリオブラザーズ』だったのです。

僕がそれに気づいた時、喜んだのか不思議がったのか、正直覚えていません。

ただ、その日から僕は一気に根暗な生活へと変わり、友達よりもゲーム、食事よりもゲーム、という不健全少年へと突き進んでいく最大の原因になったのは間違いない事です。

たぶん中古だったファミコン

どうしてあの日あの時、母ちゃんがファミコンを買ってくれたのかは未だに謎なのですが、記憶を頑張って辿っていくと、恐らくそのファミコンは新品ではありませんでした。

というのも、最初から手作りのファミコン収納用ダンボールケースにいくつかのソフトと一緒に入れられていたからです。

ダンボールで外枠を作り、ソフトとファミコン本体を収納する内側にはご丁寧に型取られたスポンジが敷き詰めてありましたから、今思い返してもなかなかハイクオリティな手作りダンボールケースだったと思います。

恐らくファミコンを売ってくれたのと手作りケースを作ってくれたのは同一人物で、近所に住んでいた僕の父ちゃんの友人。

昔からよく色々とくれたりした良いおじさんでした。(尚、そのおじさんは近年借金まみれになってどこかに逃亡した模様。人生色々です)

また、ソフトをスポンジの枠に収納する関係上からか、ソフトのケースは1つもありませんでした(その影響か、僕はゲームを買うとすぐに箱を捨てるクセがついてしまいました)。

現代の転売ヤーが見たら激怒する仕様ですね。

少年の僕にとって、それが中古か新品かなんて全然どうでもよくて、とにかく『スーパーマリオブラザーズ』が楽し過ぎました。

ほぼ僕が生まれたのと同じ時期に発売されたゲームであるにも関わらず、マリオだけでなくルイージまで出てくるし、キノコで大きくなるし、火を吹くし、無敵にもなるし……考えれば考えるほど、任天堂の作ったマリオは怪物じみた傑作だったな、と思います。

余談ですが、『スーパーマリオブラザーズ』の始まりはアーケード版の『ドンキーコング』から。

『ドンキーコング』に登場した主人公が後に「マリオ」として『ドンキーコングJr』に登場し、さらにそのマリオが土管を行ったり来たりしながら敵を倒すゲーム『マリオブラザーズ』が作られます。

そして『マリオブラザーズ』を横スクロールのアクションへと昇華させ作られたのが、最も家庭用ゲーム機の普及に貢献したゲームとして世界中で有名な『スーパーマリオブラザーズ』なのです。

実は任天堂での名前のあるキャラクター最古参はドンキーコングなんですね。

興味があれば『ドンキーコング』プレイ動画も観てみて下さい↓。

[ファミコン] ドンキーコング

僕のあらゆるクセを育て上げた『スーパーマリオブラザーズ』とファミコン

ゲームは素晴らしいです。

ただし、僕は多くの妙なクセをファミコン体験によって育んでしまいました。

まずは、鼻息。

小さい頃から、ゲームに熱中すると物凄く鼻息が荒くなるようになってしまい(ゲーム全く関係ない可能性大ですが)、それは今でも治っていません。

ブログ執筆に全集中していると、妻に「鼻息うるさい!」とよく怒鳴られます。

うるさい! と思われる程ってヤバイですね。

「ンブーーー、スゥゥゥ、ンブーーー」

みたいな音らしいです。自分ではあまりわからないのでどうしようもありません。きっとマリオは悪くない。

そして、独り言もきっとファミコンのせい。

「あぶね!」

とか、

「うっし!」

とか、マンガじみた独り言を未だに言ってしまうのですが、それはファミコンを始めた頃からのものだと思われます。

やはり今でもスマホでゲームをしていて独り言が漏れてしまうので、治ってないです。

でも、マリオは悪くない。

今とは決定的にゲームプレイの目的が違っていた気がする

ゲームを何のためにするのか?

というのは割とマジなゲームプレイにおける1つの永遠のテーマだと思うのです。

今はどうか?

基本的にはゲームをクリアするというのを目標にプレイします。

オープンワールド系の、ゆったり出来るようなゲームでもとりあえず最終的にはクリアを目指すはずです。

しかし、ファミコンをやり始めたばかりの頃の僕は違いました。

ただただ面白くて、クリアなんて全く目指していなかったような気がするのです。

それに、下手でしたから到底全面クリアが出来ないわけです。

当時多分僕一回もマリオを全クリしてないと思います。

それでも飽きずに延々とやり直していた。

不思議ですよね。

本当に、ただただ面白かったのです。

昔のゲームは素晴らしくて今のゲームはダメ、みたいな事を言うつもりは微塵もありません。

そういう事ではないと思うのです。

ゲームと向き合う姿勢が変わってしまった――というのはあるのかもな、と思います。

それ以上に面白いコンテンツが無かった、ということも大きいでしょう。

まとめられそうにはありませんが、とにかく言いたいのは「ひたすらにあの時は面白かったんだ」ということです。

まとめ

仮に今、妻と結婚しておらず独り身だったとしたら……。

たまに想像してしまうことです。

間違いなく、最新のゲーム機を一通り買い揃え、二度と結婚などせずに延々とゲームして死んでいきたいと本気で思うでしょう。

幸せなんて人が決めることではありません。

今、ゲームをスマホだけでやりつつ妻と暮らす日々も幸せです。

また、独り身になってゲーム漬けの一生を送るのもきっと幸せです。

どちらにしても、完全にゲームをしない人生というものを僕は送れそうにありません。

常に僕の幸せはゲームと共にあったから。

我ながらダセェこと書いたな、と思いつつ、同時にマジにそうだったな、と思うのです。

僕の頭の中にある人生の記憶の、重要なポイントでは大体「あのゲームやってた時期か」とゲームとセットでの記憶なのです。

全ての始まりとなったファミコン、そして『スーパーマリオブラザーズ』。

任天堂には死ぬまで足を向けて眠れませんね。

当然、ファミコンのソフト詰め込んで小っちゃくしたアレも買いました。

ファミコンの名作たちはやはり今プレイしても最高に面白いです。

ただ、やはりおじさんになった僕はもう、あの日あの時と同じ気持ちでゲームと向き合うことは出来なくなってしまったみたいなのです。

最後に、これだけは宣言しておきます。

ゼルダのブレワイの続編だけはどんなに妻が反対しても買う!

スイッチ買ったのもゼルダの為だったので。

壊されたスイッチも、絶対に買い直します。これだけは絶対。

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