新海誠監督の『天気の子』を観て若い時の混沌とした恋する力を思い出した話【全てをぶち壊す愛】

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天気の子と恋の破壊力

ようやっと新海誠監督の『天気の子』観れました。

『君の名は。』でまさかの超エンタメ路線に舵を切って大成功し、新海監督も「君の名は。がヒットしたからこそ作れた映画」と言っていた『天気の子』ですが、なるほど観れば納得の賛否両論あるな、という感じ。

新海監督の作品ってずっと「刺さるヤツには刺さる」作品だと思うのですが、『天気の子』でまたそのピンポイントぶっ刺しかましてきたな、と僕は思いました。

そして何よりその刺さるヤツというのが僕。

映画『天気の子』スペシャル予報

新海監督の作品って、若い時の恋のエネルギー(性欲も含んだカオスな力)を時に理想的な女性であったり、社会であったり、世界であったり――にぶつけるダサさや潔さがあると僕は思うのです。

そして、今思えばめちゃくちゃ恥ずかしいような暴走気味な恋を割と多くしてきたと思っている僕にとってそれは全然他人事じゃなく、「あるある」でもあり「強烈な共感」であったりもします。

多分、僕はちょっとズレた共感の仕方しちゃってるのかも知れませんが、とにかく新海監督の作品を観る度に毎回過去を思い出したりして恥ずかしくなったり、悶々としたり、切なくなったりしちゃいます。

というわけで今回は『天気の子』のストーリーを追いつつ、僕のどこにどんなシーンが刺さりまくったのか書き殴る記事です。

※本編ネタバレあります。

よくわからんが家出して東京に来ちゃった森嶋穂高

映画ではまず森嶋穂高という少年が理由はわかりませんが(後半で明かされました)神津島の家を飛び出し、東京へ向かうところから始まります。

神津島って伊豆諸島なので一応東京都ではあるのですがそれは置いておいて……。

※過去になぜか書いた東京23区外の記事があるので興味がある方はご覧ください。ただし神津島村については2行しか書いていませんでしたすみません。

――で、ちょっと信じてもらえないかも知れませんが、早速冒頭で僕に1刺さりしました。

なんで東京なんか目指すわけ?

何がしたくて行くの?

とか、冷静に考えれば色々と疑問点が浮かんでくるわけですが、僕は中学生ぐらいからひねくれた性格になってしまいまして、度々家出を繰り返しました。

ちょっと友達の家に泊めてもらって帰らない、とかそういうものではなくて、本気でどこか新しい場所で暮らそう、と自分なりに決意して家出していたのです。

一番ひどかったのが、パスポート持ってないのにアメリカに行こうと空港まで行った時。

パスポート無きゃ行けないことすら知らなかったので、とりあえずありったけのお金を持って、なぜかエアガンをリュックに詰めて空港まで行ったのです。

結局空港の職員さんにめちゃくちゃ怒られて諭されて帰りました。

とにかくあの日々の両親には申し訳ない思いばかりです。

何が言いたいかというと、若い時のエネルギーというのは本当に無謀で、そして強いということです。

結婚もして、日々の仕事でくたびれている今、そもそも空港に行くことすら億劫だったりします。

家出をした理由というのも、学校で特別嫌なことがあったとかそういう事ではなく、なんとなく思い立っただけなのです。

なぜ? 動機は? 何があったの?

と聞かれても、「いや別に……」としか答えられないぐらいに曖昧な動機。

そのような若い時の無謀なエネルギーを自分と重ね合わせて感じてしまったので、冒頭から刺さるという奇跡を起こしてしまったのです。

東京での暮らし、天野陽菜との出会い

東京こえぇ、とぼやきながらも小栗旬と本田翼という羨まし過ぎる2大スターのいる職場(中の人の話です)でなんとか暮らしを始めることになる穂高少年。

家出して東京来るだけあって生命力は高めの穂高少年。

行きつけのマックで拳銃拾っちゃったり、可愛いバイトの女の子(天野陽菜)にハンバーガーもらったりするちょっと夢かよ、な展開は続きますが、ハンバーガーくれた可愛い女の子が怪しいお兄さんとラブホテルらしき建物に連れていかれそうになる時、助けに入ります。

割とベタな展開かと思いきや、なんとその女の子陽菜ちゃんは怪しいお兄さんと同意した上でホテルに入ろうとしていた事が判明。

それでも「それじゃダメだ」な若い暴論で拳銃まで取り出して陽菜ちゃんを救い出します。

ここで僕は連続2刺さり。

陽菜ちゃん同意してた問題

まずは陽菜ちゃんはお金がどうしても欲しくて、同意の上でホテルに入ろうとしていたところ。

これは絶対荒れポイントだな、と観ていても思いました。

ヒロインが身体を売ろうとしていた、という描写のリスクは計り知れません。

東京の怖さを描いたのか、ただ現実を描いたのか。

とにかく、一気に夢物語が生々しさを帯びた瞬間でもありました。

なぜ僕に刺さったかと言うと、僕の妻が昔あまり大声では言えない仕事をしていたから。

人には色々あるのです。

もちろん僕は妻とはそれを知った上で結婚しました。

家庭環境、金銭的問題、適正の問題、様々な理由で人は時に一般的にイメージの良くない仕事をする事だってあります。

だから嫌いだとか、だから良くない人間だ、なんてことがあるはずがなく、実際僕の妻はかなりの頼れるパワフル鬼妻になっています。

若さというのは時に向こう見ずで様々な方向へ向かうエネルギーを生み出します。暴走とも言えるような事も含めて。

このシーンで強引に止めた穂高もまた若さが暴走していると言える気がします。

「ああ、合意の上ででしたか。これはこれは失礼しました」

とか言っちゃったら映画が成り立たなくなるというのもありますが。

穂高少年銃ぶっ放しちゃった問題

銃らしきものを拾って警察に届けなかったことも問題だと思いますが、そもそも本物だと思っていなかった可能性もあります。

ただ、撃っちゃマズイよ穂高少年。

普通銃のレプリカ持ってても脅しに使ったらダメでしょ?

そもそも持ってちゃいけないんだから。

――と、正義漢ぶって穂高少年を諭す事が僕には絶対に出来ません。

上の項で書いたように、僕も家出した時にエアガン持っていきましたので。

形もなんだか映画に出てきたマカロフに似てる感じのハンドガンでした。

これが、僕にこのシーンが刺さった2つ目の理由。

銃を拾わせた理由、理由を撃たせた理由というのは相当色々とあるのだと思います。

ルール違反の武器。

殺傷能力のある武器。

日本では一般の人は絶対に持っていない武器。

これだけでも無数の意味を持たせることが出来ます。

ただ僕は、銃を持って新たな世界へ向かう、というちょっと似た経験をしましたから、違う解釈をしています。

それは、お守りのようでもあり、自分は強いんだという暗示でもあった気がします。

僕が家出をした時に持っていたエアガンは当たり前ですがBB弾しか出ません。

それでも、「銃」という本来凶悪である武器を隠し持っていることがなぜか自信になったのです。

それは同時に弱さでもあると思います。

臆病で、怖くて怖くてしょうがないから、隠した武器を持っている。

映画では穂高少年が撃っちゃいますが、自分でも驚いてますし、撃って人を殺めるつもりは毛頭なかったのはわかります。

そして、撃っちゃった後のシーンではすぐに銃を投げ捨てています。

撃てちゃった銃、というのは自分の心の為に所持していた銃とは全く別物になってしまうので、穂高少年ももういらなくなったのでしょう。

本末転倒のように見えて、エアガン家出マンな僕には凄くよくわかる描写でした(新海監督の真意とはかけ離れているのだとは思いますが)。

陽菜ちゃん晴れ女として覚醒、幸せな日々

物語中盤、陽菜ちゃんの「晴れるよ!」パワーは覚醒し、多くの仕事を穂高少年と陽菜ちゃんの弟凪くんとこなす日々。

楽し気で幸せになる描写と音楽。

都市も雨ばかりの描写から一転、陽菜ちゃんの力で太陽の溢れる明るい世界が描かれます。

映画って緩急が凄く大切ですから、こういうハッピーな日々描写が楽し気であればあるほど後半が引き立つというものです。

RADWIMPSと三浦透子の曲の数々が非常に良いアクセントとなって盛り上げてくれます。

そういえば『天気の子』には『君の名は。』の2人も出てきましたね。

ニオワセですよこれは。

次回作期待しちゃいますよ?

さてこれは明るく3人で稼ぎまくるシーンだけではないのですが、少し前に新宿の隣駅に住んでいたことがありまして、新宿にはかなり頻繁に行きました。

ので、そういう意味では全編背景だけでも刺さりまくりです。

現実の新宿はもちろんもっと薄汚い感じですが、新海誠監督のちょっと明るくしたタッチで描かれる新宿というのはとても美しいです。

雨の描写も美しいですし、だからこそ尚更晴れ間が覗いた時の陽光の美しさも格別。

新海誠監督の『言の葉の庭』では新宿御苑と雨の組み合わせが美しく描かれていましたが、更にそれを新宿と東京に広げ、雨もグレードアップした感じ。

中盤にかけて雨粒がウニョウニョと動くような描写が増えてくるのですが、僕はその段階で「あ、これ最後ウニョウニョのボスと戦う感じの展開?」と全然違う方向に期待しちゃったのですが裏切られました。

穂高少年追われ、陽菜ちゃんも人柱に

銃ブッパしちゃったし家出もしちゃってるしで警察に捜索されることとなる穂高少年。

さらに陽菜ちゃんも児童相談所の職員に怪しまれ、子供2人だけの生活は問題がある、と介入されそうに。

小栗旬と本田翼コンビの事務所も、穂高少年が警察に追われている事がわかり退職金を渡し「もう来ないでくれ」と決別。

日本の天気も、陽菜ちゃんが晴れ女パワー使い過ぎたせいなのか夏なのに雪が降ったりする超異常気象。

あのしんしんと降る雪の描写は、押井守監督の『パトレイバー2』を思い出しました。

都市の異常事態と、ただひたすらに静かに降る雪というのは凄く合います。

不気味さ、神々しさ、美しさ。

『天気の子』でも雪を見ることになるとは思いませんでしたが、キレイでした。

そして、物語もクライマックスへと向かいます。

幸せだった3人での生活から一転、住むところも失い、逃避行を始める穂高少年、陽菜ちゃん、凪くん。

逃げる途中で警察の職質に遭い、なんとか穂高を助けようと陽菜ちゃんが渾身の祈り、そして雷召喚。

逃げ切った3人が泊まる事にしたラブホテルの一室で、陽菜ちゃんが穂高少年にこう聞きます。

「穂高はさ、この雨が止んで欲しいって思う?」

それにうん、と答える穂高少年。

そして晴れの巫女として雨を止める為なのか、陽菜ちゃんはその夜消えてしまうのです。

――物語終盤らしく、急展開が続きます。

新海誠監督はかなりのSF好きだと思うので、(過去作でもゴリゴリのSFなの多いので)むしろもっとぶっ飛んだ展開になるかと思いきやそこまで脱線はせず。

『君の名は。』に引き続き神社がキーになっていたり、巫女というワードだったり、和風な要素が良い具合にアクセントになっています。

それはさておき、くたくたになって逃げている3人がラブホテルで休息する描写、あそこがまたまた刺さりました。

ラブホテルは普通に利用する分にはスポーティーな発散場所だと思うのですが、夜を明かす為に仕方なく入った経験をしたことがある人にとっては全然違う印象を持っていると思うのです。

僕も若い時に、性の発散ではなくただ単にどこも泊まるところが無く入った経験が数回あって、その時のラブホテルへの印象って普通に利用するのとは全く別の、超非日常感とでも言いますか、特別な感じだったのです。

基本的には窓が開けられず、閉鎖的でありながら一通りの物はそろっている不思議な空間。

その空間そのものが夢の中のようで、『天気の子』劇中でも3人がカラオケしたりご飯食べたりとラブホテルの不思議な空間で楽しそうにしている様子が描かれています。

大人ではなく、少年少女だったからこそラブホテルのイメージはエロティックでではあったも、実際はよくわからない空間だと思うのです。

そんなラブホテルで、逃避行中とは言え最高に楽しい時間を過ごす3人。

そしてその夜、陽菜ちゃんが消えてしまうことになります。

ただ君に会いたいンだァッ!

陽菜ちゃんが人柱となったことで、東京にもいつも通りの晴れた空が戻って来ます。

穂高少年もお縄になり、凪くんも保護。

一人の少女が犠牲となり日本の天気も元に戻った。めでたしめでたし。

――で新海監督が終わらすわけがない。

『秒速5センチメートル』では切なさたっぷりのモヤモヤ感で終わりましたが、あれもクライマックスでは大いに盛り上げてくれました。主に曲で。

そう、諦められない男の暴走がまだ描かれていないじゃありませんか。

賛否両論の理由がわかる、陽菜ちゃんに会いたいだけの穂高少年

ここからは怒涛の穂高少年の大暴走の大爆走。

線路を走り、本田のバイクに跨り爆走。若い恋と愛のエネルギーは、陽菜ちゃんに会いたいという想いのみの為に穂高少年を突き動かします。

そりゃもう賛否あるでしょう。

スーパー自己中。

ただし、僕には刺さりまくり。

そして警察に囲まれながらもやっぱりカッコよくキメてくれる小栗旬兄さんに助けられ、陽菜ちゃんを救うべく天空の世界へ!

天空の世界で穂高少年は龍のような雲に飲み込まれたり、透明な魚を見かけたりと不思議体験をしますが、ふと見渡すと雲の上の穏やかな雰囲気の草原には陽菜ちゃんが。

陽菜ちゃんを発見し、地上に連れ戻すべく手を取りあう2人。

でも、巫女であり天候を通常へと戻す為に人柱になった陽菜ちゃんを地上に戻してしまってはまた雨の降り続く世界になってしまう。

どうすんの穂高少年!

陽菜ちゃん不思議パワーで全部丸っと収めてくれないの?

そうハラハラしながら見守っていると、穂高少年が高らかに叫びます。

「青空よりも、俺は陽菜がいい! 天気なんて、狂ったままでいいんだ!」

おお、自己中ここに極まれり。

そうして東京は水没しました

この展開にはびっくりしました。

なるほど、穂高少年と陽菜ちゃんの決断によって、天候は再び悪化し、止むことのない雨は東京の姿までも変えてしまった。

それを知っているのは穂高少年と陽菜ちゃんの2人のみ。

世界を変えてしまった2人だけの秘密……。

怒る人だっているでしょう。

感動する人もいるでしょう。

では僕はどうだったか?

やったぜ穂高! とガッツポーズでした。

ここがまさに一番刺さったポイント。

僕、昔から恋すると大暴走しちゃう性格でして、恋するととんでもなくのめり込んじゃうのです。

あらゆる物が手に付かなくなり、その人の事しか考えられなくなる。

「世界がぶっ壊れて2人だけの世界にならないかなぁ」

なんてよく想像したものです。

それこそ恋に溺れてしまった状態というのは、死にたくなる程に狂おしく好きになりますし、他の事なんてどうでも良くなる。

それは社会的に見ればとても迷惑な話。

僕も経験上、恋に溺れ、世界がどうてもよくなっている時というのは周りの人間にはかなりの迷惑をかけているのです。

自分さえ良ければ、の典型ですからね。

ただ、誰もが「自分さえ良ければそれでいい」という思いはどこかに持っていると思うのです。

それを地でやったら批判されるのは判り切った話で。

そんな根源的な願望を、壮大なスケールでぶちかましてくれたのがまさにこの穂高少年と陽菜ちゃんなわけです。

世界なんてどうでもいい!天気なんてもっとどうでもいい。そんなもの、君がいなければ何の意味もないじゃないか。君といられるのなら天気なんて狂ったままでいいんだァァァァァッッッ!

と、僕の中ではしっかりセリフ増し増しで補完されて再生されてました。

最高です。

穂高少年と陽菜ちゃんが空を落ちながら手を取りあうシーンではグランドエスケープという曲が流れますが、あれがまた最高に盛り上げてくれます。

【歌詞付き】グランドエスケープ/feat.三浦透子/RADWIMPS Grand Escape "Weathering With You"

『グランドエスケープ』というタイトルもそうですし、歌詞もまた結構凄いです。

わかんねぇよ、行っちまえ!

みたいな勢いのあるサビです。

『グランドエスケープ』合唱部分歌詞↓

夢に僕らで帆を張って 来るべき日の為に夜を越え

いざ期待だけ満タンで あとはどうにかなるさと肩を組んだ

怖くないわけない でも止まんない

ピンチの先回りしたって 僕らじゃしょうがない

僕らの恋が言う 声が言う 行けと言う

新海誠監督が言いたかったことは?

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僕に刺さりまくった『天気の子』ですが、熱弁してきたように超自己中な恋する破壊的パワーが世界のあり様までも変えてしまったというラストのなかなか凄まじい物語でした。

僕的には「やってくれたぜ!」という清々しさを感じたのですが、「いやいやダメでしょ」という意見があるのも同時に納得です。

新海監督の真意とは一体何だったのか?

と僕なりに考えてみましたが、全然わかりませんでした。

ただ、たぶん僕が新海誠監督作品を大好きな理由というのが、新海誠という人に何か僕と似ている部分を感じてしまうからだと『天気の子』を見て思いました。

偉そうに言うな、って感じですが、でもそれって映画を最大限楽しむ上では大いにプラスになります。

大人になっちゃったらもう共感しづらくなるような、ウブで凄まじい恋の力。愛の力。暴走しまくる謎の力。

常にそういった恥ずかしくて隠したくてダサくてカッコ悪いナニカが新海誠監督の作品には潜んでいて、それがやっぱり僕には刺さるのです。

この記事も、そんな若い時の恋のエネルギーを思い出しつつ勢いだけで書きましたので長文大変失礼しました。

結論:『天気の子』最高です新海誠監督ありがとうございます(語彙力ゼロ)。

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