ギャンブルの本質は不確実なものを極限まで確実に近付けていく面白すぎるゲームだという事

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ギャンブルの本質

だいぶもっともらしいタイトル付けましたが、今ふと思っただけです。

ただ、大きくズレてはいない自信があります。

このブログでも競艇や競馬やオンラインカジノについて数記事書きましたが、僕はカモられギャンブラーの典型みたいなヤツです。

なぜそこまでギャンブルが好きなのか?

もちろん、多くの方は「お金が欲しいからだ!」と言うでしょう。

さらに本音は「楽して大金稼ぎたいからだ」と思っているハズです。

それはもうおっしゃる通り。

僕だって楽して大金欲しいですし、もっと言えば楽で、さらに楽しく大金を手に入れたいわけです。

でも、その割になぜか結構な金額を儲けている時でもやめないんですよね。

それは単に「もっと!もっと稼ぐんだ!」と思っているだけ、と冷静に考えれば思います。

はたして本当にそうでしょうか?

もっと稼ぐということ以上に、ギャンブルという超面白すぎる危険なゲームにハマりすぎているだけの状態なのではないでしょうか?

不確実性を確実に近づける過程がハマる

ギャンブルは基本的に不確実な事だらけのゲームです。

ルーレットや丁半博打のようなものはわかりやすいですよね。

赤か黒か。

どの数字が出るか。

丁か半か。

当然ながらそこに確実性を見出すことは難しいです。

だから、皆それぞれ様々な「ジンクス」だったり「戦術」だったりを編み出すわけです。

前にオンラインカジノのルーレットに僕がのめり込んでいた頃、ルーレットで出た数字を全てメモってデータ化し次の数字を予測する——というなかなかの変態データマンをネット上で見かけました。

しかもその人はその方法で勝っているのだと言います。

もしかしたら、本当にそれで勝率を上げられるのかも知れませんが、それでも100%当てる事は絶対に出来ないのです。

常にギャンブルとは不確実なものです。

ルーレットの例もそうですし、競馬や競艇なども同じ。

馬の特徴、過去のレース実績、年齢、騎手との相性。

ボートのモーター、その日の水面のコンディション、進入時の位置取り。

競馬も競艇も、無数にある判断材料からそれぞれ賭ける人が自分の信じるデータと戦術でもって不確実なレース結果を確実に少しでも近づけるべく考えて予想するのです。

その過程が、とても面白い。

そしてその面白さの源になっているのが、当たればお金がもらえるというシンプルな事なのも間違いないでしょう。

賭ければ確実に当たるゲームがあったら面白いのか?

ならば逆に、1レース10分で、100円賭けたら確実に200円もらえるゲームがあったとします。

一気に賭ける事は出来ません。必ず、1レース100円まで。

それでも、確実に儲かります。

ギャンブラー達にとって夢のような、賭ければ絶対当たるゲームです。

しかし果たしてそれは面白いでしょうか?

延々と賭け続け、1ゲーム事に倍の額がもらえる。

いやそれ仕事じゃん。

と、どこかのタイミングで思っちゃいそうですよね。

そんなコツコツチマチマ増やすのが嫌だから、ギャンブルをやるのです。

不確実性まみれでもいいから、不安定に乱高下する配当金とにらめっこしながら自分の予想で当てたいのです。

実は外れる事こそがギャンブルを盛り上げているのでは?

となるとですね、外れがなければギャンブルが面白くならない、ということも言えるのではないかと思うのです。

そして多分それは間違いない。

おそらく、一度も予想を外した経験がない人がもしいたとしたら「ギャンブルってツマンネ」と思う気がするのです。

外れて悔しい思い、歯痒い思いをしたからこそ、当たりが最高に嬉しい。

さらにその当たりには命よりも重いお金が付いてくるわけです。

ギャンブルを最初に始めた人間は罪深いですよ。

ギャンブルは全てが悪魔のゲームでしょう。

まとめ

ギャンブルは恐ろしいです。

不確実性だらけで、冷静に考えれば「やるやつの気が知れない」ようなものですが、それでもやったらめちゃくちゃ面白くて熱中してしまって、見境なくお金を使ってしまう。

外れがあるからこそ面白くて、

不確実だからこそ面白くて、

現金が動いているからこそ面白い。

何人の人の命を奪ってきたのでしょう。

悪魔のゲーム。

ギャンブル大好きな僕だからこそ最後に書いておきます。

絶対にやらない方がいいです。それはもう不確実ではなく、確実に!

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